文脈にのる人、のらぬ人


ガスも水道も電気も止まってませんでした。案の定振込期限自体は過ぎていたので、完全に温情です。ありがとうございます。

そういえば部屋に帰ると、元気に空調くんが働いていました。
うちの空調くんはリモコンのききが悪く、電源ボタン押しても消えないことがあるので、きちんと羽が閉じるとこまで確認してから家を出たはずなんですが、どうしてだろ…。

あと空港で計ったら、キャリーケース13kgありました。ほぼ本です。あほでした。


昨日は帰ってから、
元バイト仲間とお酒を飲んで、
今日は大学のサークルの同期と夕飯を相伴します。
日常という言葉を使うなら、こちらでの生活がやっぱりそうなのだろうな、という気がします。

福岡は地元だし、居て楽しいところではあるのだけれど、そこにはぼくの通う学校や、バイト先みたいな、生活の根幹に根ざすようなものはもう何もなくて、どんな風に毎日を過ごしたところで、福岡での生活は非日常以外の何かにはなり得ないと、そんな風に思うからです。

平日に家族が学校に行ったり、仕事に行ったりして家に一人ぽつんといる時なんかは特にそれを実感させられます。そこで果たすべき役割が、何もない。
だからこそ帰ると楽だったりはするのですが。


兎にも角にも、今回福岡に帰ったり、東京に戻ってきたりして感じたことは、
人生を主人公タイプと脇役タイプのふたつに分けるなら、ぼくは後者側で、言葉を換えるなら巻き込む側よりは巻き込まれる側の人間であるので、会おうと言ってくれる人たちの存在のどんなにありがたいことか、ということなのでした。

自分ももう少し他人を巻きこむ、巻き込めるような人間に、なりたいもんです。積極性がないわけではないのですが、勇気と覚悟がまだ足りませんね。