今世はガリガリ君




心では何かをするに当たって、それをすることに何の得があるのかとか、なんの意味があるのかとか、そういった見返りを求めるのはナンセンスだと思っているのに、頭の方が段々それに連いてこられなくなっているのを感じる。


何をするにも、それを自分よりうまくやる人、自分以上に楽しむ人がいて、そんな部分は人と比べたってしようがないと必死に言い聞かせても、すっと熱の冷めていくのが自分でわかる。



徒競走のコースの横で、走りもしないうちから勝てそうにないからと不貞て座っているような、かっこ悪い状況だぞそれー! とりあえず走れ走れー! 走りだせば、案外いけるかもしれんぞー!

ぼくがいるのと同じ状況にいる人から相談をされたら、多分こういう意味内容のことをぼくは口にするんだと思う。


そう。
だからわかってはいる。

人と比べて、何かのやる気を失っているのではなくて、本気でことに当たって、その時に自分が相手の劣化だと悟ることが怖いだけなのだということは。


でも例えばフルマラソンを走りきった時、走りきったという事実にぼくは尋常でない達成感と喜びを感じるはずで、ゴールタイムが人より早いとか遅いとかは、本当に瑣末な問題だと感じるに違いないはずだ。


だから、
結局のところ今のぼくはただ単に自身にやる気がないのを、人のせいにしているして日々を送っているだけの人間となっている。

来世はハロゲンヒーターに生まれたい。


【追記】
卒検は受かりました