書こうより書きたいがいい
この場所に毎日「何か」書く
ということだけは決まっていて、その決定の中には何を書くかについてまではもちろん予定されていないので、どこかで時間を見つけて書くことを考えなければいけません。
この書くこと探しというのが思ったよりも難しくて、昼は何にしよう夕飯はどうしようとか考えていた母の気持ちが少しわかったような気持ちになります。
考えるとは言っても私のちっぽけな、段数も少ない頭の引き出しをがさごそやったところで、出てくるものはたかがしれているので、そんな時は何かが降ってくるのを待つのです。
そしてただ待っているだけという訳にも行かないので、今日は湯船にのんびりつかりながら待っていることにしました。
そこでバタ足をしていたんです。
そしたらね、あることに気がついたんです。
浴槽のふちに頭をかけてバタ足をしていたんですがね、背面でバタ足をしている時は自然と足が水面の方へと浮いていくのに、お腹を下にしてバタ足をする時はどんどん足が沈んでいくんですよ。
足の安定をとると視界が不安になって、視界の安定をとると足が不安定になる。
安寧をとれば先が見えなくなる、
先をしっかり見据えれば、リスクをとることにはなるが前に進める。
みたいなね(無理矢理)
あとは人とLINEをしていて気づいたのですが、同じ自分の言葉でも相手によってその言葉の持つ重みというのは違うのだなと。
頑張れという言葉ひとつとっても、相手に与える印象、プレッシャーは違う。
今日はごちゃごちゃになりましたが、
書くべきことは自分の中ではなくて、自分の外にあるのだということが言いたかったのです。
何かに行き詰まった時、外にでかけると何か見つかるかもしれませんよ。
(バタ足と言葉については、また個々に記事にしようと思います)