肉と帰る場所と

 

 

お肉を、食べてきました。焼肉です。

今週の木曜日の話になります。

 

大学生になってから、かれこれ3年くらい通っているお店です。

なんでも店長が肉の卸売業者の息子であるとかで、

美味しいお肉をお財布に優しい価格で提供してくれます。

 

お肉が美味しいのもそうなんですけど、

ぼくがそこに通い続けてる理由は、居心地がいいからです。

 

毎度店に行くと店長は「いらっしゃいませ」じゃなくて、

「よく来たね、元気にしてた?」と言います。

今回の訪問は、聞いてみたら半年以上ぶりだったそうなんですけど、

やはり「久しぶりだね、元気にしてた?」と店長は言うのでした。

 

この言葉を聞くと、

変な話ですけど「帰ってきたなあ」という感じがするのです。

実家に帰った時のような、ほっとするというか、無理をしなくていいというか、自分であれるというか、そういう心持ちになります。

 

 

特に何を詮索されるでもなく、

カウンター越しにあれこれ話をしながら、美味しいお肉を食べて、

「またいつでもおいで」と言って送ってくれる。

特別な何かがあるわけではないけれど、それだけで元気になる。

足りないだろと言って一品つけてくれたり、帰って食べなとおみやげを持たせてくれたり、そんな気遣いが嬉しくてまた行こうまた行こうと思っていたら3年が経った。

 

今回だって行くのは半年ぶりだったし、

しょっちゅう行ってるわけではないけれどそんな強いつながりじゃないからこそ、続いているのかなあとも思う。

 

 

これはたまたま店だけど、

その「帰る」感覚を人に感じることだってあるだろう。

 

 

ぼくは人に干渉しすぎるきらいがある。

最近どうなのとか、あれはどーなったのとか、つい聞いてしまう。

なんでもかんでも知ろうとしてしまう。

 

もしかしたら最初はそれでもいいのかもしれないけれど、

相手にもし全部知られてたら、一人になりたいときとか自分だけの領域を守りたい人とかだったら、ずっとどーなんだあーなんだなんて聞かれてたらしんどくなりますよね。

 

 

「帰る」安心感というのは、

相手がどんな状態だろうと受け入れる用意がある場所や人に感じるのかもしれません。

 

 

ぼくも誰かが「帰ろう」と思ってくれるような人に、

根掘り葉掘りではなくて、「おかえり」といえるような人に、

なりてーだなーとおもったのでした。

 

 

そんな人と焼肉に行けたらいいなと思ったのでした。

 

 

おーわり。