不射之射

 

不射之射は、

弓を用いず、矢すらも用いず、

それでいて対象を射つというような、そういうことなのです。

 

中島敦の『名人伝』に、ちらと出てくる言葉です。

 

 

不射之射は弓の名手を目指す名人伝の主人公、紀昌が、甘蠅老師という仙人のようなおじいちゃんに教わるもので、不射之射こそが弓の道を極めたるもののみに行える芸当なのだそうです。

弓も矢も使っているうちは、すなわち射之射をしているうちは、まだまだひよっこ。

 

なにか伝えたい時、文字をいたずらにたくさん使っているうちは、

まだまだひよっこなのでしょう。

 

ごちゃごちゃと長い文章を頭から引き出すより、

短くてもいいから本当に言いたいことだけを、

心からすっと引き出せるほうが、いいような気がします。

それは自分にとっても、相手にとっても。

 

 

そういう風に言葉を口にすること、文字にすること。

もしかしたら人生で一番やってこなかったことかもしれません。そして、これからは一番やっていかなければならないことになるでしょう。

 

 

自分が天下一の弓使いだと自負していた紀昌は、

甘蠅老師の不射之射を見て慄然とするのですが、

私も今日似たような経験をしたという、そういう話なのでした。