こわいもの見たさという話

暑いのは苦手ですが、夏なとても好きです。

というのも、夏と聞いて連想されるものに心動かされるからなのだと思います。
 
花火や縁日、屋台、
海や川やBBQ、
暑さに耐えた後の冷たい飲み物、
まだ、まだあと少しだけ、太陽よ沈んでくれるな、と焦る気持ち、
何かにわくわくして、何かし遂げてやろうとむずむずする気持ち、
 
こういう夏に付随してくるものは皆よいなあと思っていたのです。
が、ひとつだけ例外がありました。
 
怖い話です。
 
夏と言えば怪談だろ! という方も少なからずおられることでしょう。
自分のTwitterのタイムラインにもそういう人がおります。
怖いものが好きな人というのは、どうしてああ他の人にもその恐怖を共有しようとするのでしょうか。
彼らは無差別爆撃よろしく、恐怖画像や怖い話のURLをツイートしていくのです。
 
 
何がいけないって、絶対に後悔するとわかっていながら、私のような小心者がついついなけなしの勇気を振り絞って、それらを見てしまうことなんです。
 
 
案の定見た後は、家の中の死角が気になったり、窓に何かがちらつきはしないかと恐れたり、変な気配が突然たちのぼってきやしないかとびくついたり、後ろを振り返るのが怖くなったりと、何かが出ているわけでもないのにひどく狼狽して、仮に幽霊や怪奇現象の類が家に潜んでいたとしても、私の上がり切った恐怖のハードルを前に彼らはむしろ出てきづらいのではないかと思う有様なのです。
 
一回目で懲りればいいものを、次はもしかすると大丈夫かも知れないと何度でも同じ過ちを繰り返すのですから、擁護のしようもありません。
 
見ているうちに次第に耐性がついてもよさそうなものですが、どうやらそう上手くはいかないもののようです。
 
怖いものを毅然とした態度で最後まで見たり読んだりできる、勇ましい日本男児になりたいところですが、それだけはこの夏だけで達成するのは無理そうです。